伊弉諾神宮へ参拝|淡路島・国生み神話と「交換不要の盛り塩」の原点
共有
こんにちは。
盛り塩と風水の研究家、びなっちです。
今回、中学生の娘と一緒に淡路島へ一泊二日の旅へ出かけました。

旅の一番の目的は……
ニジゲンノモリの
「進撃の巨人 THE LAST ATTACK」ナイトウォーク!
漫画好き親子なので、これは外せません(笑)
でも、淡路島へ行くことが決まったとき、私にはもう一つ、どうしても行きたい場所がありました。
それが、
伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)。
私が作っている「交換不要の盛り塩」の誕生にもつながっている、古事記の国生み神話ゆかりの地です。
「そうだ!レンタカーを借りて、原点の場所へ行こう!」
新神戸駅でレンタカーを借り、明石海峡大橋を渡って、旅の最初に伊弉諾神宮へ向かいました。
交換不要の盛り塩と「オノゴロ島」
交換不要の盛り塩をご購入くださった方なら、もしかすると見覚えがあるかもしれません。
商品に使っているシールには、
「オノゴロ島(淤能碁呂島)」
を描いたものがあります。

これは、私自身が古事記の国生み神話をもとに描いたイラストです。
古事記では、イザナギノミコトとイザナミノミコトが天の沼矛(あめのぬぼこ)で海をかき混ぜ、その矛から滴り落ちたものが積もって「淤能碁呂島」ができたと語られます。
そこから、国生みの物語が始まっていきます。
この神話に出会ったことが、私のものづくりにも大きく影響しました。
「どんな塩を使うのか」を、とことん考えた

交換不要の盛り塩を作り始めるとき、私がとても悩んだことがあります。
それは、
「盛り塩に、どんな塩を使うのか」
ということでした。
盛り塩は、もともと「塩」を使う日本の習慣です。
だったら、神社で授与されている清めの塩を使うのはどうだろう?
あるいは、商品に使う塩そのものを祈祷していただくことはできないだろうか?
そんなことも考えました。
実際にいくつか調べたり、問い合わせたりしました。
個人や法人として物を清めるためのご祈祷を受けられる神社はあります。
一方で、授与品やご祈祷を受けたものを商業目的で利用することは認めていないという神社もありました。
そこで、私は考えました。
私が作りたいものは、
「神様のご利益が入った商品」ではない。
神様の力を商品にして販売したいわけでもない。
だったら、自分がもっと学ぼう。
そう考えるようになりました。
古事記の国生み神話から、瀬戸内の塩へ

そんな中で出会ったのが、古事記の国生み神話でした。
イザナギノミコトとイザナミノミコト。
海。
塩。
島。
そして、日本の始まり。
物語を知れば知るほど、私は惹かれていきました。
そして交換不要の盛り塩には、瀬戸内の塩を使おうと決めました。
神社のご利益をいただくためではありません。
古事記に描かれた日本の始まりに思いを馳せながら、
日本人が昔から大切にしてきた「塩」と「清め」の文化を、現代の暮らしに合う形で届けたい。
それが、びなっちの交換不要の盛り塩の原点の一つになりました。
だから今回、淡路島へ行けると決まったとき、
「いつか行きたい」と思っていた場所に、ようやく来られた。
そんな気持ちだったのです。
伊弉諾神宮の鳥居をくぐって

そして、いよいよ伊弉諾神宮へ。
真っ青な夏空。
大きな鳥居。
その鳥居をくぐると、境内には静かでゆったりとした時間が流れていました。
私にとっては、ずっと本や資料の中で見てきた世界につながる場所です。
「うわわわわ♡」
……語彙力が一瞬でなくなりました(笑)
でも、本当にそんな感じ。
「ここに来たかったんだなぁ」
そんな気持ちが込み上げてきました。
太陽の巡りを感じる「陽の道しるべ」

境内には、
「陽の道しるべ」
というモニュメントがあります。
太陽の運行と伊弉諾神宮を中心とした方位を表したもので、自然と人との関係を考えさせられる場所でした。
私が長く学んできた風水でも、
自然のリズム、太陽、方角、季節の巡りを大切にします。
風水というと、
「西に黄色を置けば金運アップ!」
といったイメージを持たれがちですが(笑)、本来はもっと大きなもの。
自然の流れを知り、その環境の中で人が心地よく暮らすための知恵。
私はそんなふうに捉えています。
古事記と風水。
生まれた国も歴史も違います。
でも、自然を敬い、その巡りの中で人が生きているという考え方には、どこか通じるものを感じます。
樹齢約900年の「夫婦大楠」

そして、境内でどうしても見たかったのが、
夫婦大楠。
実際に目の前にすると……
大きい!
写真では、なかなか伝わりません。
長い年月を生き続けてきた木を前にすると、人間の一生なんて本当に短いものだなぁと思います。
良いことがあった時代も、
大変だった時代も、
きっとこの木はここに立っていた。
そう考えると、
「少しくらいうまくいかない時期があっても、大丈夫。」
そんなことまで言われているような気がしました。
神社で、最近お願いごとをしなくなりました

以前の私は、神社へ行くと、
「○○になりますように」
「仕事がうまくいきますように」
と、お願いすることが多かったと思います。
もちろん、それが悪いとは思いません。
でも、いろいろな神社やお寺を巡るうちに、私自身の参拝の仕方は少しずつ変わりました。
今はまず、
ここまで無事に来られたことへの感謝。
そして、
「これからも自分で頑張ります。見守っていてください。」
そんな気持ちで手を合わせることが増えました。
お願いして人生を変えてもらうのではなく、
自分がまた歩き出すために、心を整える。
私にとって神社参拝は、そんな時間になっています。
私は「ご利益」を販売しているのではありません

ここは、びなっちとして大切にしていることなので、改めて書いておきたいと思います。
私は、神様のご利益を商品にしているわけではありません。
「これを置けば必ず運が良くなる」
「神様の力が入っています」
そんな商品を作っているわけでもありません。
私が学び、皆さんへ届けたいのは、
昔から人が大切にしてきた「より良く生きるための知恵」です。
古事記を読む。
神社やお寺へ参拝する。
風水を学ぶ。
塩について調べる。
天然石について学ぶ。
そして実際に自分の暮らしの中で試してみる。
その中から、
「これは今の暮らしにも取り入れられる」
と思ったものを、私なりの形にして届けています。
交換不要の盛り塩も、その一つです。
人には、ネガティブな時期が必ずある

私は「ずっとポジティブでいましょう」とは思っていません。
そんなの無理です(笑)
人間ですから。
仕事がうまくいかない。
人間関係で悩む。
将来が不安になる。
頑張っているのに結果が出ない。
何をやってもダメな気がする。
人生には、そんな時期が何度もあります。
そしてまた元気になって、
また落ち込んで、
また立ち上がる。
ポジティブとネガティブを行ったり来たりしながら、人は生きていくものだと思っています。
だからこそ私は、
「ネガティブにならないこと」ではなく、
ネガティブになっても、また戻ってこられる心を持つこと。
それが大切なのではないかと思っています。
びなっちが考える「開運」

だから、私にとって開運とは、
突然、奇跡が起こることだけではありません。
玄関を掃除する。
部屋を整える。
盛り塩を置く。
神社へ参拝する。
朝、太陽の光を浴びる。
手を合わせて感謝する。
「よし、もう一回やってみよう」と思う。
そんな小さな行動で、
自分の心の向きが少し変わること。
心が変われば、行動が変わります。
行動が変われば、出会う人や選択も少しずつ変わっていく。
その積み重ねの先にあるものを、私は「開運」と呼びたいと思っています。
原点の場所を訪れて
今回の淡路島旅行。
最大の目的は「進撃の巨人」でした(笑)
でも、その旅の始まりに伊弉諾神宮へ参拝できたことは、私にとって特別な時間になりました。
交換不要の盛り塩を作り始めたとき、
「どんな塩を使おう」
と一人で考えていたこと。
古事記を調べ、
オノゴロ島の絵を描き、
瀬戸内の塩を選んだこと。
そこからたくさんのお客様とのご縁が生まれました。
そして今、
その物語につながる淡路島に自分が立っている。
不思議な気持ちでした。
私はこれからも、
神社へ行きます。
お寺にも行きます。
古事記も風水も学びます。
そして、実際に自分で体験します。
その中で見つけた、
日本人が昔から大切にしてきた知恵と、今を生きる私たちの暮らしをつなぐこと。
それを、交換不要の盛り塩や作品、そしてこのブログを通して届けていきたいと思っています。
神様に人生を変えてもらうのではなく、
自分で人生を歩いていくために、心を整える。
そして、うまくいかない日があっても、
また前を向く。
その小さなきっかけを作ることができたなら。
それが、
盛り塩と風水の研究家「びなっち」が、ものづくりを続けている理由です。
また一つ、大切な原点に触れることができた淡路島の旅でした。
最後まで、読んでいただき感謝です。
では、では。